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サービス残業ばかりで給料上がらず、こんなブラック企業転職したい

パソコン関連の販売員をしていましたが、待遇面などを理由に1年ちょっとで辞めてしまいました。まず一番不満だったのが給料です。毎日2時間くらいの残業がありましたが、残業代は支払われずサービス残業ですし毎月の給料も同年代の友人や知人と比較しても安かったです。それに加えボーナスも気持ち程度の金額だったので、生活するのも大変でした。今で言うブラック企業だったのです。

会社の人間関係は比較的良かったのですが、ノルマが厳しくて精神的な負担は大きかったです。売り場の売り上げが低い日は、自分たちのお金で商品を購入したこともありました。ノルマを達成しないと色々厳しいことを言われるのですが、達成しても特に何もないのが不満でした。せめて達成賞でも貰えればモチベーションも上がったと思うのですが、頑張っても見返りがないので辞めたいという気持ちが日に日に強くなりました。

そして接客業なので土日祝はまず休むことはできません。それは承知で入社しましたが、夏休みや正月休みも実質なしだったのも不満でした。年間の休日も周りに比べて少ないのに給料が安かったので、入社して半年経ったあたりで1年続けたら辞めようと思いました。

平日が休みだったので、少しずつ就職活動ができたのは良かったです。同僚の多くも会社の待遇に不満を持ち転職を考えていました。幹部を除いて社員同士は非常に仲が良くて、仕事が終わってからも頻繁に飲みに行っていました。そういう楽しい面もありましたが、結局は会社の良し悪しは待遇だと思います。先輩の話では昇給も期待できないようだったので、辞めるのなら早い方が良いと思って入社して1年少々で転職したわけです。

辞めたいと思っても、3年程度続けることも選択肢の一つでしょうが、私は思い切って1年で見切りをつけて良かったと思っています。次のサイトでも書いてあります。ブラック企業にいつまで居続けるのですか?
参考:仕事辞めたい病SOS | 新卒~40代の辞めたい時の理由は人間関係と‥

今の会社に居続けるのはどれだけ苦しいか、会社を辞めるべく転職活動をする勇気はどれだけ苦しいか。どちらにしても苦しいのです。
僕は仕事辞めたいと思いながら身体を壊すまで4年間も頑張ってしまったのではっきり言えます。
自ら待っているだけではチャンスは訪れないので仕事辞めたいと思った時がチャンスなのです。

【仕事はやり甲斐】とはいっても何処まで言っても生活がかかってきますので年収や給料は一定必要なのです。会社は社員の生活を守る義務がありますから、年齢に応じた給料を支払うべきだと思います。サビ残を強要してくる会社は今すぐに辞めてやればいいのです。

コンサルティング会社に入ったが給料が安いので会社を辞めたい

企業向けにコンサルティングを行い、パッケージソフトを販売する仕事したが何故か給料が安く会社を辞めたいと思っていました。

自社で開発しパッケージ化したソフトウェアや、他社製品ではあるものの自社で日本総販売元となっているソフトウェアです。大手企業ですので与信審査は厳しく、個人向け・中小向けの販売は、前払いで対応しております。お客様は大きく分けて、企業・教育機関・官公庁です。

商材となるソフトウェアは複数あり、それぞれに主担当がついています。会社全体は比較的大きいのですが、この業務は少人数でやっておりますので、見積・受発注はもちろんのこと、マーケティングなども主担当が行います。

今までの顧客リストから、製品がどの業種に売れるのか、売れていないのか、伸びしろはどこにあるのか。
会社としては、前年度比マイナスはあり得ませんので、頑張れば頑張るほど翌年度がタイヘンになるわけです。

多くは既存顧客周りですが、拡販のためには飛び込みもいたします。近隣の県庁・市庁・役場をリストアップし、「今日はこの沿線」と決め、終点まで行き、普通電車で戻ってくるのです。駅付近に対象がある場合は、片っ端から降車して訪問します。自治体では門前払いが少なく、お話だけは聞いてくれる所が多いのです。しかし、成約にはなかなか結びつかず苦労しています。

また、商材にバージョンアップが急すぎて顧客からクレームをいただいたり、逆に、本国では新バージョンが出ているにもかかわらず、日本語化が進まず3年経過した、という困った事態もありました。

ノルマももちろんあります。ただ、先ほども書きましたように、少人数で助け合いながらやっておりますので、全員がほどほどに達成できるように調整をしてくれています。本当はそういうことはダメなのでしょうが、その辺りが甘いので助かっています。けど、いずれ利益低迷で会社が無くなるのではとも思います。

目標を達成するとインセンティブとして寸志が支給されます。仕事を辞めたいと思う事もありますが、本当に少しではありますが、達成感が嬉しく、この寸志は励みになります。また、私の担当している商材は、たまたま「これがないと困る」というファンが多かった商材なので、お客様からお礼の言葉を逆にいただくことが多く、その点でもやりがいを感じます。

部下のミスを責任を取らない上司、40代でも転職できる?

40代、2人の男児を持つサラリーマンです。職業はCRO(Clinical Reserch Organization)という業界で、Study leaderをしています。CROとは製薬企業から、臨床開発業務(医薬品となる前の物質を、患者さんに投与してデータをとり、厚生労働省に承認申請を行う)の一部を受託している業界です。以前勤めていた会社での体験談です。

そのときもStudy leaderをしていました。Team memberである部下がミスをしたために、私と部下で病院を訪問し、謝罪をしました。しかし、それだけでは医師の怒りが治まらず、逆にさらに怒らせる結果となってしまいました。それを私の上司に報告したところ、「なぜだ」とかなり怒られました。また同時に医師から製薬企業に連絡がなされており、その結果製薬企業から私の上司に話が入り、火に油を注いでしまいました。

上司からは「おまえのせいで、俺の評価が下がった。どうしてくれんだ」などと長時間に私お叱りを受けました。その上司とは以前から上手くいっていないこともあり、ストレスがさらに強くなりました。夜寝ているときも、はぎしりやうなされがひどかったようで、妻がとても心配だったようです。そんな状態が3ヶ月ほど続き、精神的につらくなったので、仕事を辞めたいと思い退職しました。この職種では40代で転職出来ましたので技術を持っていれば問題ない職種もあるということですね。

退職した後に同僚から聞いた話ですが、その上司は私を退職させたことについて、上層部から問い詰められたようで、3ヶ月間減給になったそうです。給料もボーナスもロクに出ない会社なんてこちらからやめて正解なのです。

給料上がらないから会社辞めたい正社員の退職のタイミング

19歳のころフリーターだったのですが、20歳になるまでには必ず正社員という定職に就きたいと思い、ハロワークに通って必死に仕事を探していました。

大手企業はどうしても苦手なため、中小企業でアットホームな雰囲気の会社を探していました。その時、酒類販売店の求人を見つけ、アットホームな雰囲気だと書いてあったので、福利厚生などきちんと確認しないまま応募。結果採用となり、早速働きだしました。

先輩方はとても厳しかったですが、雰囲気に慣れてくるととても優しくしてくれたので、その点はやりやすかったです。勤務年数も5年以上になり、仕事も慣れてデータ管理、収集や発注なども先輩をこして私に任されるようになりました。そこでふと、なんで私の方が仕事量こなしてるのに、先輩より給料低いんだろう?なんで最近入った新人と同じ時給(時給制だったため)なんだろう?と疑問にもつようになり。

そもそも正社員なのに時給制?昇給なし?交通費近かろうが遠かろうが一律?おかしいと感じるようになりました。ましてや中小企業の販売店、盆暮れは稼ぎ時なので、従業員フル出勤、10日連勤は当たり前でした。それでも経営者側からお疲れ様や、小遣い程度でもボーナスを出してくれればやる気にも繋がるのですが、なにもなく。ミーティングも全くなし、品出しや発注などはやらせるが必ず指摘、会社の利益を出すために頑張ろうという気になれませんでした。

それでも長年勤めてきたのは、少ない従業員だったので辞めたら従業員に迷惑がかかると思い、ずっと我慢してきました。そんな中で妊娠してしまい、とりあえず復帰する予定で産休はとりましたが、育休は今までとった先輩方はいなく、仮にとったとしても経営者側から何か言われるのは目に見えていたので、思いきって産休明けのタイミングで退職しました。

8年ほど勤めてきたので、退職金は5年分くらいかな?と期待していたら、まさかの2年ぽっちでした。昇給なし、賞与なしは仕方ないですが交通費は一律、退職金制度も適当、正直辞めて正解だったと思います。

年収200万、毎日終電帰宅の私、早く会社辞めたい

今から15年ほど前の話になります。当時わたしは19歳。給料の良さから消費者金融業の会社に営業事務として勤めていました。消費者金融といっても、テレビCMをするような大手ではありませんでしたが、全国に支店があり、地域密着型という感じです。求人に応募する際は多少の抵抗があったものの、女性専用ローン専門の会社であったため、応募に踏み切りました。

普段の業務は、申し込みに対する審査、電話対応、入出金の処理や営業です。事務的な作業に関してはすぐに慣れることができましたが、わたしにとって最大の難関だったのが「営業」です。当時、消費者金融に対して何も知らなかったわたしは、“営業ってなに?申し込んできた人の対応だけすればいいんじゃないの?”と思った記憶があります。けど終電帰宅するほど頑張っていました。

わたしが勤めていた職場では、既存のお客様で、融資枠に余裕がある方に対する営業が主でした。現段階で取引中のお客様であれば、営業もしやすかったのですが、もう1つあって、以前取引させていただいた方や、以前申し込みされたときはお断りした方などへの営業もありました。職場では大手の業者のようにメール等の対応はしていなかったので、全て電話で営業していました。突然電話をして、もしお困りであれば審査してみませんか…というような内容で連絡するのです。確かにその電話でタイミングがよければ感謝されることもありますが、そうでないことの方が多い印象を受けました。毎日のその作業が嫌で嫌で仕方ありませんでした。

もし、自分に同じような営業がきたら、あまり気分がよくないなぁと思ったからです。個々のノルマはないものの、店舗としての営業目標はあるわけで、休日出勤をしてまで営業することもありました。自分の営業が下手だからなのかと思い、自分なりに努力をしたつもりでした。それでも年収は200万円程度と今思えば何故働けたのだろうと思うほどです。

しかし、体は悲鳴をあげていたのかもしれません。胃痛や吐き気、嘔吐などの症状が出はじめました。市販の薬で何とか対応していたのですが、当時同棲していた彼いわく、寝ているときも、ずっと痛い、痛いと言ってると。病院に行くと、胃腸炎とのこと。その頃には、円形脱毛症もできてしまい…もう限界だと思いました。事情を話し退職することにしたのですが、それから営業が伴う仕事は、怖くて出来なくなりました。

14年働いたが収入が低くやり甲斐を感じない、もう会社を辞めたい

海外旅行の添乗員の仕事を14年間続けてきましたが、これ以上続けると精神状態に良くないと思い退職し、ずっと踏み切れなかった結婚をしました。

海外添乗員の仕事は外から見ると華やかな感じかもしれません。実際仕事とはいえ世界中の主要な国や観光地に行けるのは楽しい経験でした。ところが昨今の格安ツアーの台頭で各社が安売り合戦をした結果、出発前からクレーム対象になるようなツアーが増え、その仕事に当たった場合は下手すると精神状態がおかしくなるような辛い一週間や十日を過ごす事になります。添乗員付きのツアーで来るお客様の対象年齢は定年後の夫婦など60代や70代が多く、私が仕事を始めた頃はこの年代の方々は落ち着いていて人格者が多かったのですが今はすっかり様変わりしていわゆる老害が多くなりました。高齢者が突然キレる、怒鳴るなどの現象がまさにあちこちで怒るのを目の当たりにしました。また格安ツアーの場合は費用的に削る部分はホテルのランクを落とし、食事の質を落とし添乗員や現地ガイドの費用を落とすのですが、そうなってくると仕事内容の過酷さと収入のバランスがおかしくなって当然です。

もちろん中には、格安ツアーなのだからホテルが悪くても食事が酷くても仕方がないと理解してくれる方もいましたが、どうしても現場に出ている添乗員がすべてのクレームの矢面に立つ事になり、やり甲斐も感じなくなり精神的にほとほと疲れてしましました。もう会社を辞めたいと何度も思っていました。

高額ツアーに添乗すると、この仕事を続けていけるかも、と思い格安ツアーに添乗すると、もう無理だと疲れ果てるを繰り返して来ましたが思い切って辞めてよかったと思っています。今は結婚して子供もできて日々落ち着いて暮らしています。